文鳥飼育の一例

□ 手乗り文鳥とは

手乗り文鳥というのは、人を怖がらない文鳥のことである。まともな鳥ならば、とうぜん人間を恐れ近寄ろうとはしない。手乗りの文鳥の場合は、逆に人間に完全に依存した生活を送る。飼い主の姿をみると出せ出せと騒いで、飼い主の肩や手のひらに乗りたがり、そのうち飼い主に発情することまである。もちろん、品種として手乗り文鳥という種がいるのではない。雛のうちに親鳥から誘拐され、人間の手によって育てられることによって、人間への恐怖心を奪われるのだ。文鳥は手乗りに生まれるのではなくて、手乗りになるのです。

□ ララビスの場合

私の飼っている文鳥、ララビスもまた手乗り文鳥である。ララビスは自分が、どこで生まれたか頓と見当もつかないはずで、小鳥屋の枡籠でピイピイ鳴いてたことさえ記憶してないだろう。気がついたときには、私の家の六畳の和室にいたのであり、この和室がララビスの知っている世界の全てである。そしてララビスが見たことのある生き物というのは、人間である飼い主だけなので、自分のことも人間であると固く信じている。自分がどこから来て、どこへ行くのか、そんな事を考えてはいない。ただ毎日、飼い主が与える餌を食べ、ブランコをガシャガシャ鳴らし飼い主の肩に乗って遊ぶ。自分でも分からないままに、さえずり始めたり、羽が抜け変わったりして一日一日と文鳥らしくなっていく。飼い主である私はその姿を見ながら、餌はどうしようか、保温はどうすべきかなどと思案に暮れている。今後もおそらく多少の変化はあるのだろうが、どちらかが死ぬまでこんな生活がつづくのだろうと思っている。

□ 文鳥の一日

朝は文鳥がブランコをガタガタとぶつける音で目が覚める。眠い目で文鳥をしばらく眺め、今日の様子などを観察する。そして、カゴを掃除することから私の一日は始まる。カゴの周りを掃除し、カゴが載せてある食卓を拭く。カゴの底皿を抜き出して洗い、新しい底紙を敷く。底網を抜き出して洗う。アクリルケースを洗う。餌入れを洗い、新しい餌を入れる。水を交換し、水浴び容器を入れる。そして、文鳥が餌を食べるさまなどをしみじみと見ていると三十分くらいが経過している。そして、自分の朝食を作って、文鳥の動くのを見ながら食べていると、文鳥はなかなか付き合いがよく、さっき済ませたはずの朝食また食べ始める。その後、私は支度をして仕事に向かう。放鳥している時間はないので、自宅を出る前にカゴの中に手を入れて、文鳥を握ってやる。

夜は、帰宅するとまず文鳥の餌と水を交換し、水浴び容器はしまう。カゴの周りを簡単に掃除する。すると文鳥が餌を食べ始めるので、それを見物してから、自分の食事を作る。私が夕食を食べていると、また、文鳥は一緒に餌を食べ始める。その後、あれこれを済ませて一段落したあたりで、一時間ほど放鳥し文鳥と遊ぶ。文鳥をカゴに戻したあとは、文鳥のいる部屋は消灯し、文鳥は寝る。

□ カゴの鳥

文鳥を観察する習慣ができて以来、鳥類に対する無関心がとり払われ、鳥に対する偏見が一つづつ訂正されてきた。カラスはもう以前ほど嫌な存在ではなくなったし、家の周りにいる鳥の区別もつくようになり、鳥はそれほど「鳥目」ではないらしいことを知った。薄闇の中で文鳥の様子を見てやろうと、忍び足でそっと鳥かごの前に行くと、文鳥もまた不思議そうな顔でこちらをじっと見ているのだ。

そのような偏見のなかに、鳥は大空に翼をひろげて飛んで行くものだというのがある。しかし、自由な空へ翼はためかせ、などというのは人間的な感傷に過ぎず、文鳥はなるべく飛ばずに、安楽に過ごしていたいようだ。ララビスが放鳥時に飛ぶのは、私の肩とひざの往復くらいであって、あとはちょこまかと私の周囲や衣服上を歩き回り、やたらとなにかに噛み付いているだけだ。ただし、身体が急激に下がったときには反射で羽ばたくらしく、ララビスを手のひらに載せたまま手を降下させると、バタバタとやって面白い。それ以外には、何かでパニックになったときは大きく飛び、カーテンレールのあたりまで行ったりする。冷静になった後は、私の姿をさがして戻ってくるが。

□ 血に飢えた文鳥が、飼い主を食いちぎる

文鳥というのはかなり臆病で、見慣れないものには、かかわろうとしない。だから飼育器具も新しいものを使うときには、はたして文鳥はこれを受け入れるだろうかと、心配することになる。今のところ、文鳥がかたくなに拒絶して逃げようとするのは、(金魚や昆虫の飼育に使う)プラスチック・ケース、巻尺、電気スタンド、掃除機などである。おおむね、自分より大きいものに恐怖をもつようで、巻尺は急に伸ばすとパニックをおこす。これは、もしかしたらヘビに対する本能的な恐怖なのかもしれない。などと考えて、では、カラスではどうだろうかと思った。黒いコートをバタバタと振り回し、怖そうな声でカアカアとやってみたが、これはまったく無視された。

いっぽうで、文鳥は怒りっぽく喧嘩好きな鳥でもある。今のところ、喧嘩の対象は私の指とブランコと野菜と粟穂だけだが、何が原因か不明なまま、さかんに威嚇することがある。指先を威嚇しているときでも、手のひらを差し出せばその上に乗るので、大した意味はなく単なるエネルギーの発散なのかもしれない。

また一般に文鳥は、手のささくれを食べたがるらしい。一度飼い主の味を憶えると、執拗に狙ってくるようで、かさぶたを剥がして血を啜ったりするようだ。ガラパゴス島には、たしか吸血フィンチという恐ろしげな鳥がいたはずだが、文鳥だって負けてないのだ。

□ 凶暴な臆病者

そしてこの凶暴な臆病者の


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